取引先に乗っ取られる
この事例のPOINT
株主構成がもめる原因に!
【B社の状況】
B社は中堅の機械部品商社です。社員数は50人余りで、安定した業績を堅持しています。取引先は中小メーカーが多く、景気に左右される側面はありますが、幅広い商品ラインナップを揃えることで、景気の波にも備えています。社長自身が元々営業マンだったため、営業部門は直接、社長がマネジメントをしていました。
【社長の死後に備えて】
社長は自分が亡くなった後を考えると、心配の種が営業部門と経理部門でした。安定して売上が保てる営業の仕組みと、信頼してお金の管理が任せられる人が必要だと感じていたのです。先ず、取引をより堅固にするために、懇意にしている取引先の社長に全株式の15%分を出資してもらい、残りの85%を社長自身が持つようにしました。次にお金の管理は、自分の妻に経理を任せるようにしました。この結果、売上も経理面も安定し、より会社が発展していきました。
—ところが突然、社長が亡くなってしまったのです。
社長が亡くなった後、B社はスムーズに経営を引き継いだように見えました。生前社長に仕事を教わった営業部門が売上を伸ばし、経理担当の奥さんがきちんと資金繰りを支えたからです。この時点でB社の株主は前社長の妻が85%、取引先の社長が15%となります。そして次期社長には、社員の信頼も厚い営業部門の部長が就任しました。
【経営権を巡って】
しばらくすると、15%の株式を所有している取引先の社長が、B社の中で影響力を持つようになりました。85%の自社株式を相続した前社長の妻は、大株主であるにも関わらず営業の現場を知りませんし、「そういう事情なら、お任せします」と、経理としてお金の管理に専念し、経営には口出ししなかったからです。重要事項を決定するはずの株主総会は、15%を所有している取引先社長の独壇場となりました。わずか15%の株主ですが、前社長の妻から見ると業界のことを熟知している専門家です。これみよがしに15%所有の社長は、自身の会社に有利な条件で取引をしたり、新社長に対して影響力を行使するようになりました。すなわち実質はもとより、経営権まで奪ってしまったのです。
B社の乗っ取りなんて考えてもいません。お互いに信頼し、支え合って共に伸びてきた会社同士です。B社にとって私の会社はとても重要な取引先であり、これからもっと関係を深めていきたいと思っています。
社長が残してくれた会社が、取引先の言いなりになっていると感じます。私は営業出身なので、取引先が重要なのはわかります。しかし、赤字になるような理不尽な取引条件を飲まされたりするのは納得がいきません。ただ、株主でもあるので文句が言えません。
【もめる原因】
もめる原因1:株主構成
前社長が生きているうちは、85%の株式を所有して安定した経営を行っていました。他の株主の影響など及ぶはずもなく、前社長がオーナーシップを発揮していました。ところが前社長の死後、経営に遠い前社長の妻が株式を引き継いでも、経営のことは何もわからず、結局、経営権を渡してしまうことになります。特に利害関係のある取引先を株主に招き入れたときは要注意です。わずか15%の株主でも、任せっきりにすると実権を握られてしまうのです。
もめる原因2:経営権と株主
多くのオーナー企業は経営者と株主が同じです。経営権をもっている人と所有者が同一人物のときは、特に問題が起きません。オーナー経営者が亡くなると、経営権の移行と所有権の移行が別々のところで起こります。この場合は、株主に取引先が入っていたことにより、発言権が強くなった点が問題です。そして新社長が株主でなく、経営的に弱い立場にあったことも、もめる原因となりました。
【もめないためのアドバイス】
この事例を考えたとき、取引先の15%株主の社長が悪意をもっているかは、判断しづらいところです。ただし、前社長が生きていたとしたら、おめおめと経営権を渡すことはなかっただろうと想像できます。ここで重要なのは、前社長が自身の死後にどのような問題が起こるかを、事前に想定していたかどうかです。安定した売上の仕組みとお金の管理も、亡き先代社長がいたからこそ、機能したものだといえます。上手な事業承継を考えるならば、所有権と経営権を綿密にシミュレーションして、法務上の問題点の払拭やお金の事前準備をしなければなりません。「懇意にしていた取引先の社長に、まさか会社を乗っ取るなんて!」などと嘆く結果になってしまっては、前社長も浮かばれないことでしょう。